こちらは 生活リハビリ に関する記事です

生活リハビリ体験談 東京都世田谷区 高橋様

利用者の生活

2019年09月20日

久々に江連PT とお逢いして(2019 年7 月、アビリティーズセンターの中庭にて)

1. 僕はいつものように歩道で信号が変わるのを待っていました。
運命が変わるその瞬間とも知らずに。

交通事故に遭った桜新町の交差点 高橋様

交通事故に遭った桜新町の交差点

2008 年11 月、桜新町の交差点で自転車にまたがって信号を待っていると、接触してコントロールを失ったタクシー2 台のうちの1 台が歩道に突っ込んできて、僕を跳ね飛ばしたのです。

僕は国道に放り出されました。運悪く、そこを通過する別の車に再び跳ね飛ばされ、1 回の事故で2 度跳ね飛ばされるという目に遭ったのです。

保険会社に言わせると「ハイ、植物人間。ハイ、損害賠償金3 億円」という危険度の高い事故だったそうです。

当時のことはほとんど覚えていないのですが、混乱して信じられないようなことばかり言ったりしていたようです。以前務めたことのあるバイト先に「事故に遭ったので遅刻すると連絡を入れてくれ!」とか言っていたらしいです。

事故に遭って担ぎ込まれたのは「大学病院の脳神経外科」。ここでまず破損した頭蓋骨の修復や脳のダメージを診断、治療を行ないました。

「脳挫傷」「右急性硬膜下腫」が認められ、「血腫除去」「VP シャント」「 2 度にわたる頭蓋骨形成術」の施術が行われました。

しかし悪いことに、術後に「髄膜炎」「皮下膿瘍」「腹腔内膿瘍」を併発し、「寝たきり」になってしまいました。

2.リハビリ開始するも体調が悪化。思う様に進まず転院、そして転院。

身体機能のリハビリを行なうため、「リハビリ病棟」に転院。 この時の僕の身体状況は基本動作は重介助、座位保持は困難な状況でした。この頃は脳トレやペグ・コーンを使ったリハビリや寝返り、簡易腹筋リハビリが主でした。

2 か月余りで、更なるリハビリのため「回復期リハビリ病棟」に転院。モーターポイントブロック※1 施術を行ないました。入院中はリクライニング式の車いすを常用しており、リハビリもベッドの上で、可動域の拡張の訓練、立ち座りの訓練が主でした。退院時には軽介助、座位保持は短時間のみ可能になりました。
※1 脳血管障害の痙縮治療の一つ。電気刺激で経皮的に筋内神経を探索し、そこに神経破壊剤を注入する手技。

食事は、朝夕は経管栄養(鼻に入れたチューブから栄養を補給すること)、昼のみ口から自分で食べられるくらいまで回復しました。今では笑い話ですが、昼食を経管栄養から経口摂取に切り替える時、妻が記念に手作りの食事(豆腐ハンバーグ)を作ってくれたのですが、喉を通らず、吐いてしまったんです。彼女はトラウマになってしまったようです(笑)。歩行ができなかったのでトイレにも行けず、日中はリハパン、夜はオムツという日々でした。

この時点になると、事故後2 年が過ぎていましたし、「もう健康保険でリハビリをしてくれるところがない」と言われて不安でした。 この頃は毎日病室でため息ばかりついていました。

3.僕の人間性を尊重しながら、身体機能を回復させてくれたアビリティーズのリハビリ。

健康保険による入院、リハビリは終了を余儀なくされ、事故後2 年弱を過ぎて、アビリティーズの「生活リハビリ」を受けることにしました。当時のアビリティーズの職員たちは「ストレッチャーで搬送されてきた!」と大層驚いたと聞きました。

2019 年7 月、アビリティーズセンター食堂にて 高橋様

2019 年7 月、アビリティーズセンター食堂にて

 アビリティーズのリハビリの第1の特長として、私(リハビリを受ける人)に対して、個性を尊重してくれたことでした。リハビリを受ける人と指示をする人がフレンドリーだった点が良かったのです。誰だって事務的に処理や指示されると「いやだなぁ」と思うと思います。私が話しが好きだったのを「無駄口」と捉えず、「個性・人間性」として尊重してくれたのが大変ありがたかったです。

 第2 の特長として、ベッドの上や屋内にこもったリハビリに終始するのではなく、外に出るリハビリを積極的に取り入れてくれたことです。今でも記憶にあるのが、「初詣」と称して、リハビリセンターから歩いて5 分ほどの神社に当時の責任者を先頭に、一行が行進のように列を作って歩いたり、スーパーマーケットに行って「買い物」をしたことです。

 第3 の特長として、アビリティーズのリハビリは以前の入院先と変わっていました。当初、リクライニング式の車いすを使っていましたが、自分で自走式車いすを操作できるようになり、さらに、歩行練習をして少し歩けるようになってきました。「それで移動ができるなら歩行器で室内を移動してみたら…」「歩行器で室内を移動できるなら、歩行器で敷地内を散策してみたら…」「歩行器で敷地内が散策できるのなら、松葉杖で敷地内を散策してみたら…」「松葉杖で敷地内を散策できるなら、杖(ロフストランド杖)で街へ出てみたら…」「街に出られるようなら、交通機関に乗って街を移動してみたら…」というふうに見守りながら、どんどん可能性を引き出してくれました。

 アビリティーズのリハビリを受けながら身体状況は良くなりました。歩けるようになったのは、アビリティーズのリハビリを受けてからです。現在でもわたしには左麻痺がありますが、今では左麻痺で困ることもないほどまでに回復しました。

 屋外では装具を履いていますが、 室内ならスニーカーでの歩行もできます。スニーカーなら足首を曲げることができるので、床から立ち上がれるまでになっています。

室内ならスニーカーでの歩行もできます 高橋様


東京都世田谷区 高橋様 インタビュービデオです。

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