Ⅰ. デンマークで福祉研修を行なう理由
一般社団法人障害者の差別の禁止・解消を推進する全国ネットワーク 会長
元内閣府障害者政策委員会差別禁止部会副部会長
伊東 弘泰
デンマークは、世界中でもっとも行き届いた福祉制度を確立した国のひとつとして知られています。この研修ツアーはNPO 法人福祉フォーラム・ジャパンが、同国でも有数の福祉先進都市であるネストヴェズ市と提携して実施しています。今なぜデンマークの福祉を学ぶ意味と必要があるのか、ご紹介をいたします。
福祉に力を入れていて経済成長の高い国
デンマークでは、国民の医療・教育・福祉は原則として国家の責任と負担により提供されています。つまり無料です。一方で、平均的な国民の税負担は所得の50%程度、付加価値税は25%という、高福祉高負担の国でもあります。
しかし、医療や福祉、教育にそれほど力を入れていながら、デンマークは世界中で経済成長率がもっとも高い国のひとつで、経済は安定的に発展しています。また食料自給率はなんと300%。国民が必要とする食料の3倍も生産しているという、豊かな国です。
私自身も最初にデンマークを1986 年に訪れ、これまでに50 回以上も訪問しています。いつも短い滞在ですが、国民の生活は豊かで、余裕のある暮らしぶり、そのためか穏やかな国民性を感じます。そして何よりも国民の8 割が、「税金は高いけどデンマークに生まれてよかった」と誇らかに言えるこの国はすばらしいと思います。
デンマークは人口540 万人。日本と比べれば小さな国です。ではそのデンマークがなぜそんなリッチな国になったのでしょうか。
200 年前はとても貧しい国だった
もともとは大変貧しい国でした。アンデルセン童話に、「マッチ売りの少女」という話があります。アンデルセンは1805 年、今から200 年ほど前にオーデンセで生まれました。家は貧しい靴屋でした。苦しい生活と闘いながら歌曲や詩の勉強をし、幸運にも援助してくれる人がいて、大学に入ることができ、才能を発揮し、小説家としての地位を築いていきました。
「マッチ売りの少女」の物語は、雪の降る寒い大晦日の夜、暗い通りをみすぼらしい女の子が一人、帽子もかぶらず、はだしで歩いているシーンで始まります。おなかはぺこぺこ、寒さのためにぶるぶる震えながら歩いている哀れな少女。マッチは1 本も売れずに通りの家と家の間にからだを縮めてうずくまってしまいました。あまりの寒さに売り物のマッチを1 本すりました。目の前に暖かいストーブが浮かび、しかしすっと消えました。また1 本すりました。真っ白い布のかかっているテーブルにはスモモやりんごを詰めたガチョウの丸焼きが湯気を立ててのっていましたが、また消えました。また1 本と、すっているうちに死んだやさしいおばあさんが光り輝いて立っているのが見えました。少女は全部のマッチをこすり、おばあさんに抱かれる夢を見ながら死んでいったのです。その頃のデンマークはこの童話にあるように、どこの家もとても貧しかったのです。
デンマークが福祉に力を入れた理由
1929 年の世界大恐慌では国民の多くが職を失い、みな食べるものにも窮しました。政府はこの苦しみを二度と国民に与えてはいけない、と本格的に社会福祉制度の確立への取り組みを開始しました。
元福祉省大臣のアナーセン教授は、かつて私にこう語られました。「所得が少なければ生活が苦しくなります。所得を確保するためには仕事や雇用を確保しなければなりません。また人口が少なければ国の生産力も拡大しません。デンマークでは女性も含め、国民全体が質の高い生産力、担い手になってもらう必要がありました。だから、医療、育児、福祉・介護などに力を入れる必要があったし、質の高い労働力の確保のために教育を充実し、金持ちだけが医療や教育を受けられるのではなく、国民の誰もが健康で、社会で必要な人材になることが必要だったのです。そこで国民すべてが安心して働ける制度や環境づくりに力を入れてきました。」
デンマークでは出産後、病院から退院してくると何も連絡しないのに、保健師がすぐに自宅に訪ねてきて、サポートを開始するそうです。病院と地域(市)との連携がしっかり取れているからです。
また国民全員にケースワーカーが付いていて、何か問題があったり、制度の利用などについてわからないことがあれば、その解決やアドバイスに協力してくれるそうです。日本では、何か制度を利用したくても、国民が役所に申請しないかぎり受けられません。デンマークは大違いで、国が積極的に国民を支えているのです。
経済大国なのに貧困率世界4 位の日本の不思議
わが日本は世界第2 の経済大国と言われてきました。でも実態はどうでしょうか。わが国の貧困率は2005 年15.3%、2008 年15.8%と悪化し、OECD 加盟国中なんと4 番目に貧困な国に転落しました。失業などで生活できなくなったり、さまざまな問題を抱える人が多く、自殺者は毎年3 万人を越えています。
デンマークでは、自殺はあっても精神的な病がその原因であって、貧困で自殺する人はいないと、ネストヴェズ市の福祉部長は明言していました。
日本では2000 年に公的介護保険制度ができました。しかしサービスを受ける際の1 割の自己負担を払えないことなどを理由に、介護サービスを利用しない人が数十万人もいます。家族介護のために一家の働き手が仕事をやめたり、ついには家族介護も不可能となって、親殺しや老夫婦の心中などの事件は毎週のように全国でおきています。最近では新聞やテレビのニュースにもならなくなってきました。
都会の公園や大通りにはホームレスの青いテントが林立しています。失業者は増え続け、また国民平均の実質収入はこの15 年間減り続けています。
デンマークのような社会福祉の充実した国では、「国民を飢え死にさせないこと」をキーワードにしているそうです。
理念だけでなく、費用対効果に厳しいデンマーク
デンマークが国民のために福祉や医療に力を入れているとはいえ、決して国のお金をジャブジャブ使っているわけではありません。高齢者や障害者の福祉について、できるだけ主体性や尊厳性を確保することを大切にしつつ、国民負担が重くならないよう効率性を図っています。費用対効果についての国民全体の意識はわが日本よりもたいへん厳しいものがあります。
2010 年1 月、デンマークは特養ホーム(プライエム)を全廃し、「新しいケア付住宅(プライエボリ)」に発展させました。フレキシブル(柔軟性)とセキュリティー(保障、安全性)を融合化した新しい理念と取り組みは「フレキシキュリティ」という新たな言葉、概念をデンマークに創出しました。
また、福祉にかかわる様々な専門職の教育、人材養成にたいへん力を入れていることは福祉の質を高めています。わが国のように、短時間の研修と形ばかりのテストで介護保険サービスに従事できるのではなく、最低でも14 ヶ月もの教育がなされます。サービスの質を確保し、適切に提供されることを重視しています。
この研修では、「高齢期にどこで、どのようなケアを受けることが、真の自立〔自律〕なのか?」を考える機会となりましょう。いま日本でも福祉関係者やサービス従事者が、『尊厳を保つ』ケアという言葉を安易に口にしますが、『尊厳あるケア』とは、実はどういうことなのか?を学ぶことができる研修視察になります。
新しい理念と方法に取り組むデンマークの福祉を学んでいただき、新たな日本の福祉、高齢者ケアを皆でつくりましょう。
(修了者にはネストヴェズ市長より研修証明が発行されます。写真1)
Ⅱ. デンマーク福祉研修で学べる事は何か、そのヒント!
「プライエム(特養スタイルの施設)」から「プライエボリ(新しいケア付住宅)」で高齢者のケアや生活はどう変わったか?またスタッフはどう変わったか?
ネストヴェズ市では国よりも半年も早く、09 年6 月で最後のプライエム(特養スタイルの施設)が廃止され、これですべてのプライエムがなくなった。そして新たにプライエボリ・シンフォニーがオープンした。この新しいケア付住宅に入居した高齢者は、例えば食事の時には、テーブルにお皿を並べたりなどさまざまなことを自分でするようになり、自分たちの能力を取り戻した。スタッフは高齢者が自分の生活に責任を持つように仕向けていった。プライエムのシステムに慣れていた高齢者や家族は、最初は新しいケア付住宅では安全性に欠けると感じたようだ。しかし高齢者は、今では介護を受けるより主体的な自立(律)生活を得られる意欲をもち、またリハビリテーション・セラピストによる訓練を待ち望んでいる。
市が提供している高齢者用住宅及びケアの提供の概略は?
近年、市の福祉政策ではコストの透明性と品質管理がより重要になっている。中心となっている3 つのポリシーがある。第一に、生活の継続性、第二に個人の資源を最大限に活用すること、第三に、個人の環境整備には自治権を与えるべきである、ということである。ネストヴェズ市の人口は約82,000 人、65 歳以上の高齢者は18.75% で約15,400 人。そのうち何らかの高齢者サービスを受けている人は2,615 人(約17%)である。ネストヴェズ市の高齢者用住宅は高齢者人口の約4%、597人分であるので、2,000 人ほどの人たちは自宅で暮らしている。市は自宅で生活するために必要なサービスを提供し、サービスの提供量に上限はない。つまり必要なサービスは必要な分だけ提供するということである。
新たなコンセプトのケア付住宅を用意することが求められた背景には、「ケア付住宅」の形態が人的コストとケアの質の維持を図るのに適していると考えられたからである。(補助器具センターにて器具提供の現状や管理方法を学ぶ。写真2)
デンマークでは平均在院日数は徐々に減り、現在は3.6 日。日本では病院で死ぬ人の割合が82%。デンマークでは、死に近い人々の場合、介護職は医療行為をどこまで行うか?
デンマークでは高齢者が病院で亡くなる比率は50%であり、高齢者施設での医療行為は、インシュリン注射や経管栄養、酸素吸入などを行い、胃ろうも医師が必要と判断すれば行うが、数は非常に少ない。ケア付住宅においての看取りは、家庭医と相談して看護師が痛みの緩和を行う。デンマークには「Die with shoes on 」という言葉がある。「靴を履いたまま死にたい」という意味であるが、古くはバイキングの時代からデンマーク人は戦う民族としての歴史があり、これがデンマーク人の死にゆくときの希望の姿だ。
退院後、それまでの家に住むことが困難な人に対しては、その住居に関しては市が責任を持つこととされているそうだが?
自宅に帰って生活ができない状況の場合、適切な住居を用意する責任が市にある。もし適切な住居が無く、退院を延期せざるをえない場合には、法律によってペナルティを市が病院に対して1日大体3万円の割合で払う。市は2ヶ月以内に適切な住居を用意しなくてならない。
介護を行うスタッフはどういう資格か?
「介護職」は14 ヶ月の養成コースで、講義と実習が半々である。もうひとつ上の資格として「社会保健アシスタント」がある。これは介護職の14 ヶ月のコースに加えて、さらに20 ヶ月の教育を受ける。実習は、病院、在宅、精神医療の3 か所で行う。また、いずれも教育期間中は給与を受けることができる。給与は専門職のユニオン(労働組合)、市、国の三者による取り決めによる。一般企業の給与に比べると介護職の給与は低い。「介護職」で年間DKK240,000(約450 万円)である。「社会保健アシスタント」は、看護師によるOJT の教育・訓練を受けることにより、看護師から業務を委任される。以前はインシュリンの注射が必要な高齢者には看護師が訪問して行なっていたが、「社会保健アシスタント」であれば、介護と看護の業務ができる。一人のスタッフがより多くの業務をすることができることで、効率は高まる。
高齢者評議会とは
デンマークでは、市に「高齢者評議会」(ElderlyCommittee)の設置が義務付けられ、60 歳以上の高齢者にこの会の選挙権・被選挙権があり、4 年に一度の選挙で選ばれた評議員は、高齢者の生活の質をあげるため、さまざまな提案を市に対して行っている。たとえば在宅の高齢者への配食サービスの食事について、民間の配食サービス会社が用意しての試食会が行われていたが、これは高齢者評議会の主催で、120 名余の高齢者が意見を述べていた。高齢者評議会は、市の施策・サービスが適切であるかどうかを評価するものとして重要な役割を担っている。研修の期間中にこの評議会による何らかのスケジュールが組まれれば、傍聴させていただく。(市の厨房施設にて配食サービスを学ぶ 写真4)
まとめ
ケアの質の向上、維持のためには、介護職の人材育成等の教育が非常に重要である。資格をとってからも更なる専門知識を得るための訓練プログラムが提供されていることは、日本にとっても大変に示唆に富むものである。
デンマークでは、国・市の責任として高齢者の住宅施策を1970 年代から準備してきたことが、今日「安心できる社会」を作り出すことができている要因の一つである。日本と違い諸外国の多くでは、住宅施策は社会保障の重要な項目の一つとされている。日本でも住宅施策等を福祉施策の一環として明確にしていく必要がある。日本の住宅施策はよく「持ち家政策」だと言われるが、これは逆に住宅を福祉施策として国が考えておらず、国民が自分で行なっているにすぎない。
またデンマークでは、高齢者施策を継続的にドラスティックに改革をしてきており、メリット・デメリット含め、その実態を知ることは私たちにとって、これからの介護のあるべき内容や質について学ぶことができる。デンマークの現場で学ぶ重要な点である。
NPO 法人 福祉フォーラム・ジャパン事務局 デンマーク視察研修担当
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