【英国 オックスフォード大学のオール・ソウルズ・カレッジ と
オックスフォード大学教育学部博士課程在籍 近藤陽子さん】
はじめに
私は両手・両腕に障害がありますが、日本アビリティーズ協会から奨学金を頂き、オックスフォード大学・教育学部の博士課程にて研究生活を送りました。大学院生にとりましては、図書館で本や学術誌を読んだり、パソコンを使って論文をタイプする事が日課となりますが、両手が不自由な私には読み書きをする行為さえも困難でした。当レポートは、一連の連載の完結編としまして、障害のある私が留学生活を通して学びました事をご紹介させていただきます。
英国 オックスフォード大学教育学部博士課程在籍 近藤陽子
健常者から障害者へ
誰にでも何か一つは趣味や特技があると思いますが、私の場合、それはスポーツでした。とりわけ持久力を要するスポーツが得意で、マラソン、水泳、登山、スキー等、様々なスポーツを大いに楽しんできましたが、社会人になりましてからもスポーツは常に生活の一部でした。そんな私が身体障害者の仲間入りする事を一体誰が想像したでしょうか。大学卒業後、私はネパール、バングラデシュ、パキスタン等の南アジアの国々でしばらく国際協力や政府開発援助の仕事に携わりました後、幼い頃からの夢であったイギリス留学を実現しました。ロンドン大学にて修士号を取得後、オックスフォード大学の博士課程に進みましたが、その頃には両手の自由が利かなくなっていました。
渡英後に障害者となりました私は、試行錯誤を繰り返し、論文の執筆には音声入力のソフトウェアと、足でも操作出来るマウスを使うようになりましたが、それだけでは出来ない事も多く全く不十分でした。また、ようやく書き上げた論文の一部をプリントしても、それを足を使って揃える際に、紙の端で指と指の間を傷つけてしまい、紙を血だらけにしてしまう事もしばしばでした。大学の入り口のドアを自分で開ける事も、図書館で読みたい本を書棚から取り出す事も出来ませんでした。着替えも食事も困難でした。病気とは無縁だった私には通院も大きな苦痛となり、病院に行く途中で元気そうな大学生達の姿を見て、思わず涙が溢れ出てきた事もありました。人の助けを借りなければ生活も研究も出来ない私は、不自由な生活に次第に疲れていきました。そして、もはや私には生きている意味も価値も無いのではないかとさえ思い始めていました。
ある障害者との出会い
そんなある日、私は指導を受けていた教授から、「ヨーコ、とても言い難い事だけど、あなたは自分が障害者である事を認識しなさい。」「障害者支援室に行ってきなさい。」と言われ、不承不承その指示に従いました。私はそれまで、大学内に障害のある学生を支援する部署がある事さえ知りませんでした。初めて訪れた障害者支援室では、私を担当して下さる事になった職員の方が、私の毎日の生活について詳細に尋ね、私が研究生活を進めるにあたり何が障害になっているかを探り、その直後から出来る限りの支援を提供して下さいました。
毎年オックスフォード大学には障害のある学生も入学してきますが、そのほとんどが失読症の学生であり、身体に障害のある学生というのは、たまたま事故に遭って骨折して数か月間片手が使えなくなったという様なケースに限られ、私の様に重度の身体障害のある学生が博士課程に在籍した例は無いと言われて驚きました。
それからしばらく経ったある日、私は障害者支援室の室長に呼ばれました。そして、私が日本人であるかどうかを尋ねられました。意外な質問に驚く私に、室長は日本のある組織から私の研究生活に必要な支援を得られるかもしれないとの話がありました。
タイピストや生活介助者を雇用する費用を必要としていた私にとりまして、これは思ってもいない朗報でした。何も知らない私は、多大な利益を生み出している日本の企業が、慈善活動の一環として障害のある学生の支援を申し出ているのかと思いました。そこの社長さんはきっと何不自由なく恵まれた環境に育ち、ビジネスで成功した人なのだろうと・・・。ところが、その組織こそが「日本アビリティーズ協会」であり、私は伊東弘泰会長と知り合う事になりました。
ヘレン・ケラー女史をはじめ、障害を克服して活躍した人々の話を知らなかった訳ではありませんが、私にとりましてそれはどこか別の世界の話でしかありませんでした。ところが、私に支援を申し出て下さった伊東会長に障害があるという事は、とても大きな驚きでした。こうして障害者を助ける障害者もいるというのに、「一体私は何をしているのだろう?」「私は何を悩んでいるのだろう?」と我に返りました。
障害からの目覚め
全てが輝いて見え始めました。私は自分がいかに恵まれていたかに気付きました。世界的に有名なオックスフォード大学で研究に打ち込める日々は、とても贅沢な時間です。歴史のある美しい街並み、緑豊かで閑静な環境、一流の教授陣に大学職員。世界中から集まった留学生仲間や親切なイギリス人の友人達。教授と一対一の徹底した個人指導体制に、図書館をはじめとする数々の充実した大学施設。これ以上素晴らしい研究環境が存在するでしょうか?私は日本アビリティーズ協会からタイピストと介助者を雇用するための費用を奨学金として頂き、研究生活を続けました。
自分に障害があるという事実に正面から向き合う事は大切ですが、同時に自身の障害に囚われてはいけないという事に私は気付きました。健常者の中にも、悩みや苦しみの中に生き続け、自身の能力を十分に生かし切れていない人が居る一方、障害者の中にもそれを見事に克服し、社会で活躍する人が居ます。障害自体は不便なものでマイナスかもしれませんが、障害のある人の多くはプラスのものも同時に持ち合わせており、それは障害があるという不運を幸運に変えていく力さえも持っ
ていると思います。障害を乗り越える強さもその1つでしょう。障害がある事が問題なのではなく、障害を埋め合わせて余りある幸運に気づかないまま、障害を理由に自己の能力や活動に自ら限界を作る事こそが問題である事に気付きました。
いつしか私の中では、「障害」という言葉がマイナスの意味を持たなくなりました。むしろ障害は、自分の持つ宝を見つけ出す為の道具であるとさえ思える様になりました。何の問題も無い順風満帆な人生は穏やかではあるものの、とても平凡なものとなるでしょう。もし私に障害が無かったら、私は平凡な留学生活を送っていた代わりに、貴重な体験も大切な気付きも得られなかったと思います。
おわりに
伊東会長との出会いをきっかけに障害という呪縛から解放された私は、最高に充実した素晴らしい留学生活を送る事が出来ました。今後、私はこれまでの経験や専門知識を生かし、教育や開発の分野での仕事を続けていく予定ですが、世界中のどこで何をするにしても、オックスフォード大学で「障害のある留学生」として過ごした経験は大いに役立つと信じています。日本アビリティーズ協会の皆様、オックスフォード大学の皆様をはじめ、私の留学生活を支えて下さった全ての皆様へ
の感謝を胸に、これからの人生を生きていきたいと思います。どうも有難うございました。
完
近藤陽子さん プロフィール
2005 年9月ロンドン大学教育研究所修士課程(MA in Lifelong Learning)修了。
2006 年9月オックスフォード大学教育学部修士課程(MSc in Educational Research Methodology)修了。
現在、オックスフォード大学教育学部 博士課程(Dphil in Educational Studies)在籍。
本記事は 日本アビリティーズ協会 情報誌 No.171 より転記しました。
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